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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和34年(モ)180号 判決 1961年1月25日

債権者 日絆薬品工業株式会社

債務者 積水化学工業株式会社

主文

当裁判所が債権者、債務者間の昭和三四年(ヨ)第六六号仮処分命令申請事件につき、昭和三十四年四月十七日なしたる仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、大要次のように述べた。

(一)  債権者は昭和二十五年六月十三日特許庁に対し、「ニチバンセロテープ」と横書きし、その「ニチバン」の文字は「セロテープ」の文字に比較し細字型であり、かつ亦「セロテープ」の文字は大字体(変形文字)で断然前者を圧倒し、外観称呼及び観念上後者を商標の要部とするように構成された商標(その内容は別紙(一)に示すとおり、以下単に本件商標という)をセロフアン製のテープを指定商品として登録出願し、同庁において審査の結果、同二十七年九月六日第四一五三六〇号をもつて商標登録となつて成立したものである。

(二)  しかして、債権者が本件商標を使用している商品は、その製造にかかるセロフアン製粘着テープであつて、昭和二十三年六月中販売を開始して以来、現在に至るまでこれが販売、宣伝に努力した結果、全国の需要者に周知せられ、販路は日本全国にも及び、その売上げは年間約百万個、価額金三千万円にも達しており、なお、債権者が投入した宣伝、広告費は当初においては年額金二百万円ほどであつたが、以来年々増額し、同三十三年頃には年額金一億円にも及んでいるものである。

(三) しかるところ、債務者は、債権者の製造、販売にかかるセロフアン製粘着テープが、本件商標使用のもとに日本全国に需要者を増加し、販路が著しく増大したのに着目し、自らの製造にかかるセロフアン製粘着テープを、従来は「セキスイテープ」という商標を付して販売していたにも拘らず、昭和三十三年夏頃より不正競争の意図のもとに「セキスイセロテープ」(その内容は別紙(二)の(1) ないし(4) に示すとおり)という商標を使用して販売しはじめたものであり、なお、セキスイテープという容器の中に、「セキスイセロテープ」という商標を付した商品を密かに入れて販売していたことなどもあるのである。

(四)  かかるしだいであるところ、本件商標と「セキスイセロテープ」とを比較、対照してみると、債務者の使用している商標にはいずれも「セロテープ」という文字が顕著に使用されており、しかして、一方先に述べたところからして、本件商標は「セロテープ」を要部としていることが明らかであるから、両商標は要部においては全く同一であり、更に、全体として観察しても互いに類似し、かつ亦、これらを使用している夫々の商品も同一の性質を有するものであるからして、債務者が「セキスイセロテープ」という商標を使用することにより、債権者において既に登録を得ている本件商標についての商標権を侵害していることは明白なところである。

(五)  しかして、債権者の調査したところによると、債務者は尼崎市汐江に所在する工場において、専らセロフアン製粘着テープの製造、包装並びに出荷をしており、その販売個数は一ケ月三万個、価額金百万円、在庫品九万個にも達していることが明白になつたのである。

(六) 以上のしだいであるが、債権者は債務者の権利侵害によつて、売上げの減少、その他のため現実に莫大なる損害を蒙つているのでこれが損害賠償請求と、これに併せて商標権差止請求の本案訴訟を、右損害賠償請求の基礎である不法行為地を管轄する神戸地方裁判所尼崎支部(以下単に尼崎支部という)に提起し、既に係属するに至つているわけであるが、これらの結果をみるまで放置しておくときは、償う可からざる損害を蒙る虞があるところから、訴訟の提起に先立つて、本件仮処分の申請をし、昭和三十四年四月十七日(い)債務者は別紙(二)の(1) ないし(4) に示すとおりの商標をその製造、販売、輸出にかかる商品であるセロフアン製粘着テープに使用し、又はそのために所持し、その他広告、看板、引札、物価表及び取引書類に使用してはならない、(ろ)債務者の尼崎工場で占有している前叙の商標を付してあるセロフアン製粘着テープ及びそれに使用するため右商標をあらわした容器、包装、広告版その他その商標をあらわした広告、看板及び引札等の占有を解き、債権者の委任する神戸地方裁判所執行吏にその保管を命ずる、(は)執行吏は債務者が前叙の商標の削除を申し出たときはこれを許し、債務者においてこれを削除したときはその保管を解かなければならない、(に)執行吏は第二項の執行をしたときは、適法なる方法でその公示をしなければならないという趣旨の決定を得ているので、これが認可を求めるしだいである。

債務者代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取り消す、債権者の本件仮処分の申請はこれを却下する、訴訟費用は債権者の負担とするとの判決を求め、答弁として、大要、次のように述べた。

(一)  債権者主張の事実中、債権者が昭和二十五年六月十三日特許庁に対し、別紙(一)に示すとおりの内容の本件商標を、セロフアン製のテープを指定商品として登録出願し、同庁において審査の結果、同二十七年九月六日第四一五三六〇号をもつて商標登録となつて成立したこと、債権者の製造、販売している商品が、セロフアン製のテープに粘着性を保有せしめたものであり、しかして、債務者においても、これと同一の性質を有する商品を製造し、従来、これに「セキスイテープ」という商標を付して販売していたこと、債務者が尼崎市汐江に所在する工場においてその商品の製造、包装並びに出荷をしていたこと及び本件仮処分の申請、決定に関する事実は認めるが、その余は争う。

(二)  債権者の本件仮処分の申請により発令されている決定は、以下に述べるいずれかの理由により違法、不当のものであると思料されるものである。

(い)(イ)  元来、仮処分の命令は、原則として本案の管轄裁判所が管轄するものであることは、民事訴訟法第七百五十七条に明記されているところであるが、同法条にいう本案の管轄裁判所とは、その命令によつて保全せらるべき権利又は法律関係を訴訟物とする本案訴訟につき管轄権を有する裁判所の意味であつて、既に本案訴訟が提起され、係属している場合は、その管轄が民事訴訟法第二十一条に基ずいて生じた場合であつても、該裁判所がその仮処分の命令について管轄権を有するに至ることは疑がないのであるが、本案訴訟提起、係属前にあつては、仮処分の命令の管轄裁判所は、その仮処分の申請において、いわゆる被保全権利として主張されている権利又は法律関係を訴訟物とする本案訴訟につき同法第一ないし第五条、第七ないし第二十条に基ずき管轄権を有する裁判所に限定すべきものであつて、将来、その被保全権利を訴訟物とする本案訴訟と共に、他の請求につき本案訴訟を提起するという理由で、同法第二十一条を準用して、他の請求についての本案訴訟に関してのみ管轄を有する裁判所に、仮処分の命令の管轄権を認めることは、保全訴訟の管轄裁判所を専属裁判籍として、相手方の利益を保護しようとする立法の趣旨を全く無視するに至ると解せられるところである。

(ロ)  しかるところ、本件の場合にあつては、本件仮処分の申請のいわゆる被保全権利は、債権者が登録を得た商標権に基ずく類似商標使用の差止請求権であることは明らかなわけであるが、かかる請求権は、商標権自体から生ずる専用権の効力の主張であつて、不法行為を原因として発生するものではないと解せられるのであるところ、商標権に基ずく差止請求訴訟に民事訴訟法第十五条の適用のないことは、判例、学説において一般に認められているところであるからして、債権者のその部分についての本案訴訟の管轄裁判所は、債務者の本店所在地を管轄する大阪地方裁判所以外には存在しないのであり、しかして、この事柄に、本件仮処分の決定が発令されたのが昭和三十四年四月十七日、本案訴訟が提起され、係属するに至つたのが同三十四年四月二十日であることを併せ考えた上、前叙した理論にしたがつて推論していくときは、尼崎支部において本件仮処分の命令につき管轄権を有していないことは既に明白であつたものである。

(ハ)  しかのみならず、債権者の構成、提起した他の請求である損害賠償請求の訴訟についてみると、民事訴訟法第十五条に云ういわゆる不法行為地には、その不法行為が段階的に数個の行為によつて行われた場合には、その行為が完成した土地だけではなく、各段階的不法行為の行われた土地をも包含するものであることは一般に認められているところではあるが、留意を要するのは、その数個の各段階的行為がいずれも不法行為の成立要件を具備すること、換言すると、いずれも権利侵害行為であることを必要とすることなのである。ところで、元来、商標は商品のマークであつて、商品に使用されるものであるから、商標権としては、その内容において他の商品との誤認、混同を防止することに重要使命があるものであり、したがつて、商品を離れて商標はなく、他人の商標と類似する商標を製作しても、その標章を商品に使用して流通行程に投入しない限りは、商標権の侵害としての不法行為は成立しないのであつて、換言すると、類似商標の製作は侵害の準備行為にすぎず、侵害行為それ自体は、類似商標を商品に使用する行為によつて成立するものであり、この点は特許権その他の工業的発明又は考案をなすことを内容とする権利とは趣を異にしているものなのである。しかるところ、本件の場合、債務者の尼崎工場においては、単にセロフアン製粘着テープの製造、販売並びに製作等をしているのみであつて、標章の貼付、販売の商品を流通行程に投入する行為は、すべて本店の営業部門によつて行われているのであるから、債務者の行為が仮に不法行為を構成するものとしても、これに基ずく損害賠償請求の本案訴訟についての管轄裁判所は、債務者の本店所在地を管轄する大阪地方裁判所であつて、尼崎支部ではないのである。

(ニ)  これを要するに、本件仮処分の決定はいずれにもせよ、管轄権を有していない裁判所の発令した違法のものであることは明白である。

(ろ)  債権者が出願、登録を得た本件商標によつて保護されている商品は、旧商標法施行規則第十五条に規定する商品類別(以下単に商品類別という)中第五十類に属するセロフアン製のテープであり、一方、債務者が製造、販売する商品は商品類別中第七十類に属するセロフアン製粘着テープであつて類別が相違しており、したがつて、債務者がかかる商品を製造し、「セキスイセロテープ」という商標を付して販売しても、その商品は債権者の商標権によつて保護さるべき物品ではないのであつて、これを詳説すれば次のとおりである。すなわち、

(イ)  まず、商標法第二十五条、第三十七条を通覧するときは、商標権の効力及びこれに対する侵害を論ずるにあたつては、常に指定商品を基礎として判断しなければならないものであることが明白である。

(ロ)  ところで、次に登録商標の指定商品はいかにして定まるかと云えば、商標法第二十七条第二項に、「指定商品の範囲は願書の記載に基いて定めなければならない」と規定されていることから明らかなように、願書に記載されている商品のみが指定商品であつて、現実に商標権者が登録商標をいかなる商品に使用しているかということとは無関係に定まるものである。

(ハ)  そこで、本件商標の権利範囲を論ずるにあたつて、その指定商品は何であるかといえば、本件商標は旧商標法施行中に出願登録されたものであるからして、商品類別中第五十類に属するセロフアン製のテープを指定商品としているものである。

(ニ)  しかして、更に商品類別中第五十類に属する商品とはいかなる商品かと云えば、旧商標法施行規則第十五条には、用途、品質及び営業状態を標準とし、各々類似する商品を纒めて全商品を七十の類に分ち、その第五十類には、紙及び紙製品にして他類に属せざるもののみが包含せしめられているものであつて、紙製品であつても他類に属するものはこれには包含されていないものなのであり、このことは、酒精が商品類別中第一類に属するものであるのに対し、酒精飲料である日本酒類は商品類別中第三十八類に属し、第一類には属していないのと同様である。

(ホ)  かくのごとく、商品類別中第五十類には大分類として、紙及び他類に属せざる其の製品のみが属せしめられているのであるが、更にこの大分類に属する具体的な商品としていかなるものがあるかと云えば、旧商標法施行規則第十五条には極めて大雑把な掲記があるのみであつて、具体的な商品例が甚だ少いのであり、したがつて、特許の審査、審判がなされる場合においても、或は弁理士、弁護士が商標事務を取り扱うに際しても、実際の商品類別の取り扱いについては、特許庁編纂にかかる「発明及び実用新案の分類表」中の「商標の類似商品例集」を唯一の権威ある資料として商品類別を定めているのであつて、他にはかかる商品類別の参考となる資料は絶無なのである。

(ヘ)  しかして、前叙の商品例集には、商品類別中第五十類に属する商品を一ないし二十の項目に分類してあるが、そのうち、第七項目である紙製紐の細目としては、七、紙製紐、紙製紐(紙テープ)と挙示されており、第五十類中テープが属し得るのは該項目だけなのであるからして、したがつて、本件商標の指定商品セロフアン製のテープはその項目に属し、更に具体的な商品の細目としては、紐とテープが同義語であるが故にセロフン製のテープ若しくはセロフアン製紐を包含することになるものであり、なお、商品類別中第五十類に属する商品はすべて接着性を保有していないものばかりであるからして、セロフアン製のテープと云えば、ただ単にセロフアンを紐状若しくはテープ状としたものを意味し、接着剤の塗布されていないものに限定されるのであつて、セロフアン製粘着テープのごとき接着用のものは商品類別中第七十類に属することになり、したがつて、本件商標の権利範囲を判断するにあたつては、すべてこのような接着性を保有していないセロフアン製のテープを基礎としなければならないわけなのである。

(ト)  しかるところ、一方、債務者において「セキスイセロテープ」という商標を付して製造、販売している商品は、粘着テープの一種であるセロフアン製粘着テープであつて、詳言すれば、粘着テープとは、接着剤の使用を簡便ならしめるべき要求に応じ、常時粘着性かつ圧力感受性接着剤を主材とし、これをフイルム上に塗布してテープ状として作出したものであり、その結果として、常時粘着性を保有し、水或は熱を使用することなくして、単に他物に押しつけることのみで接着をはかり得る極めて便利な接着材料であり、しかして、かかる粘着テープは、使用するフイルムの種類により、アセテート粘着テープ、セロフアン粘着テープ及びビニール粘着テープ等に細分されるものであつて、債務者は該三種類の粘着テープをいずれも製造し、そのうちフイルムとしてセロフアンを使用している粘着テープに「セキスイセロテープ」という商標を付して販売しているものなのである。

(チ)  これを要するに、本件商標の指定商品は、粘着性を保有していない商品類別中第五十類に属するセロフアン製のテープであり、これに対し、債務者が「セキスイセロテープ」という商標を使用して販売している商品は、接着性を保有する商品類別中第七十類に属する粘着テープであつて、両商品は全く相違する類別に属しているものであり、なお、特許庁においても昭和十一年頃より、一貫してこれらを明確に区別し、夫々別違の商品として取り扱い、粘着テープ類は第七十類に属しているとの見解を保持してきているものであつて、このことは数多くの事例に徴しても明白なところである。

(リ)  このように、本件において係争の対象となつているセロフアン製のテープとセロフアン製粘着テープとは商品類否の最も有力な判断基礎となる商品類別が相違しているわけであるが、なお更に、前者はセロフアンを主材とし、後者は常時粘着性かつ圧力感受性接着剤を主材とし、セロフアンは他の資材に比して安価であるところからして便宜上使用されているにすぎないという品質の点、前者は通常の紐と全く同一に包装、荷造の際緊縛用として使用されるものであるが、後者は接着剤と同様に書籍、日用品等の修理用或は紙と紙その他の物品との粘着用として使用されるものであるという用途の点及び夫々の製造業者が、需要家層並びに製造技術も相違している結果として全く判然と区別されている点などを検討、考察すると、両商品が相違し類似しているものでないこは益々明らかであり、したがつて、債務者においてその製造にかかるセロフアン製粘着テープに「セキスイセロテープ」という商標を付して販売、拡布することも、もとより本件商標の権利侵害とはならないものである。

(は)  本件商標「ニチバンセロテープ」と「セキスイセロテープ」という商標はその外観、称呼及び観念のいずれにおいても類似していないものであつて、これについて詳説すると次のとおりである。すなわち、

(イ)  本件商標と「セキスイセロテープ」が類似するか否を判断するにあたつては、まず両商標を全体的に考察し、その外観、称呼及び観念の三態様において対比、観察しなければならなものと考えられるところである。しかして、いま両商標を対比、観察すると、その外観においては互いに一字も同一文字のない「ニチバン」「セキスイ」という文字があるから明らかに相違しており、その称呼においても「ニチバン」「セキスイ」いずれも一音節の同一音もなく明らかに相違しているものであるし、更にその観念においても、前者が日絆薬品製のセロフアン製粘着テープを観念するに対し、後者は積水化学製のセロフアン製粘着テープを観念しているのであるから、両商標が類似しているものではないことはもとより明白である。

(ロ)  もつとも、債権者は本件商標を一連として考察してはおらず、終始、要部観察による類否判定を主張し、「ニチバンセロテープ」の要部は「セロテープ」にあるからして、両商標はその要部において同一であつて、ひいては全体として類似しているものであると主張しているわけである。しかしながら、

(1)  本件商標においては「セロテープ」の文字が「ニチバン」の文字に比し大書してあるから、「セロテープ」に要部があると債権者は云うのであるが、もとより文字の大小によつて要部を決定すべきではないのであつて、このことは一般に認められていることである。

(2)  債権者は本件商標の登録出願をするにあたり、商標登録願昭和二五年第一三四五九号「NICHIBAN Cello-Tape」、同第一三四六〇号「NICHIBAN ニチバン」、同第一三七六九号「ニチバン粘着テープ」及び第一三七七〇号「Nichiban Tape」の四件の商標と類似するものとして連合商標の出願をし、同二十七年中夫々の連合商標として登録を得たのであるが、本件商標を包含した五件の商標を通じて類似共通する点は「ニチバン」という社名であり、なお、当時「セロテープ」という登録商標は未だ存在してはおらず、これが登録されるに至つたのは七年後の同三十四年十一月なのであるから、したがつて、これらの事柄よりすれば、本件商標は「セロテープ」ではなくして、「ニチバン」を要部としているものであるという結論を必然的に導かざるを得ないものである。

(3)  又、債権者は先に述べたごとく、本件商標を「ニチバン粘着テープ」の連合商標として出願登録を得ているわけであるが、両商標の構成を対比、観察すると、いずれも「ニチバン」と小さく表示し、「セロテープ」「粘着テープ」という文字を大書し、全く同一なのであるからして、債権者の云うごとく、「ニチバン」が付記的文字であつて、本件商標は大書してある「セロテープ」を要部としているものであるとするならば、後者も同様大書してある「粘着テープ」を要部としているものであるとみなければならないところなのである。しかるところ、債権者は「ニチバン粘着テープ」を出願するにあたり、その指定商品として願書に粘着テープと記載しているのであるが、指定商品としては必ず商品の普通名称を記載すべきものであるから、したがつて、債権者としては、当時粘着テープが普通名称であることを自ら認めていたものであり、しかも、普通名称が商標の要部であり得ないことはいうまでもないところなので、出願当時において、該商標が「粘着テープ」を要部としていなかつたことはもとより明らかだつたわけである。しかして、「ニチバン粘着テープ」が「粘着テープ」を要部としていないがごとく、本件商標も「セロテープ」を要部としているものではないことは、両商標の構成の一致及び出願の経緯からして明らかであると云わなければならないものである。

(4)  更に、「セロテープ」という文字は、セロフアン製のテープの略称名称であることは、疑問の余地がないものであり、しかして、本件商標の登録当時、既に「セロテープ」は、セロフアン製のテープすなわち、粘着性を保有するテープ及び粘着性を保有していないセロフアン紐の慣用標章又は物品の略称名称として広く使用されていたものであるから、本件商標が「セロテープ」を要部としていると云うような債権者の主張はもとよりなり立ち得ないものである。

(5)  最後に、本件商標の構成を分析してみると、生産者の製品に共通して使用する社標「ニチバン」と製品別に使用する製品種類標章「セロテープ」とが結合した二重結合商標であることが明らかなところであり、しかして、かかる商標にあつては、商品の出所を表示する製品種類標章には商品の普通名称を使用するのが通常であつて、しかも、このような商標が登録の有無に拘らず現実に商標として使用されていることは何人も否定できない事実であり、既に登録を得ている事例としては、「明治キヤラメル」「松下モートル」「日立ランプ」「テイジンアセテート」「三菱アセテート」「大丸アセテート」「ニチバン粘着テープ」等が存在し、未登録の事例としては、「東芝テレビ」「日立テレビ」「森永チヨコレート」等が存在しているのである。かくのごとく、社標と普通名称との結合よりなる二重結合商標でも登録することができ、現に数多くの登録商標が存在しているのであるからして、債権者の主張するごとく、「ニチバンセロテープ」が登録されたから、「ニチバン」は商号の一部であつて、商標の要部ではなく、本件商標は「セロテープ」を要部としているものであるとは断じて云い得ないものであり、なお、このことは本件商標と連合商標の関係にある「ニチバン粘着テープ」とを対照するときは一層明かになるものである。

(6)  これを要するに、本件商標と「セキスイセロテープ」は、両商標を全体的に対比、観察するにしても、要部において対比、観察するにしても、類似していないものであることは明白である。

(に)  本件商標「ニチバンセロテープ」と「セキスイセロテープ」という商標は、取り引きの実態において誤認、混同を生ずるものではなく、現に十余年間誤認、混同を生じたことはないものであつて、これを詳説すれば次のとおりである。すなわち、

(イ)  商標法第三十七条を通覧すれば、商標権の侵害があるとみなされるには、両商標が類似していなければならないことが明らかなわけであるが、これが類似性を判定するにあたつては、商標権自体につき、その外観、称呼及び観念の三態様において対比、観察するのみではなく、広く取引業界の実情に即して、係争の商標を付した商品が取り引きの実際において相紛れることなく区別できるか否を判断しなければならないものであつて、このことは判例、学説が一致して認めているところである。しかして、翻つてこれを本件の場合についてみると、債権者が出願登録を得た本件の商標権が侵害されているか否は、本件商標と「セキスイセロテープ」とが、単にその商標自体につき外観、称呼及び観念において類似しているに止らず、現実の取引業界において債務者の「セキスイセロテープ」の使用により商品の誤認、混同が生じているか否によつて決定せらるべき問題である。

(ロ)  そこで、まず製造業者、販売業者の実態についてこれをみてみると、債務者は昭和二十四年より現在に至るまで、その製造にかかるセロフアン製のテープの販売を続けてき、その販売先は枚挙に暇がないほど多数にのぼつているのであるが、これらの販売先においても、その商品を「セロテープ」として取り扱つていたことは数多くの事例からして明らかなところである。しかして、更に債権者、債務者以外の業者が古くよりこの種の商品を「セロテープ」として取り扱つていた事例も亦多数にのぼつているのであつて、試みにこれを年代順に整理してみると、米国のミネソタマイニング社の「スコツチのセロテープ」と称呼される商品が、終戦直後我国に紹介されたのが最初で、それ以来、セロフアン製粘着テープは広く一般に周知されるに至り、その後、昭和二十四年中債務者が国産品として初めてこの種の商品を市場に送り出すと相前後して、債権者も「ニチバンセロテープ」と称呼して市販するようになり、次いで、同二十五年中曙文房の「ライカセロテープ」が市販されて後、同二十八年頃より英国のアドヒーシブテープ社の「セロテープ」が全国で市販されるに至り、その後は「S、Sセロテープ」「日星製作所のセロテープ」「志州化学のセロテープ」「三共セロテープ」「赤線セロテープ」「ライオンのセロテープ」「ミリオンセロテープ」等各会社の「セロテープ」が市場にみられるようになつたのである。かかる経緯であつたからして、取引業界においては、昭和二十四年以降各会社のセロフアン製粘着テープを区別するためには、どうしても、「何処、何処のセロテープ」という限定を付さないでは区別でき得ないような状態にあつたのであり、実際にも、このようにして取り引きが行われてきたのである。

(ハ)  概略、以上のしだいであるが、更に進んで、セロフアン製粘着テープの取り引きの実態を各業界に分けてみてみると、この種の商品が最も多く取り引きされる文具界においては、昭和二十五年より同三十三年末までの間において、広くこれを「セロテープ」と称呼して取り引きしてきていたことは、オフイスマガジン、オールステイシヨナー等の業界における諸雑誌の記載その他によつても明らかであり、又、その商品形態が絆創膏に類似しているところから、広く紹介取り引きされている医薬品界においても、古くより同三十五年に至るまで、この種の商品を「セロテープ」と称呼して取り引きしていたことは業界における諸雑誌の記載によつて明らかであり、かつ亦、文房具界と並ぶ大きな分野である包装業界においても、同二十四、五年より最近に至るまで、債務者以外の多数のものが製造、販売するセロフアン製粘着テープを悉く「セロテープ」と称呼して取り引きしてきていたものであるし、最後に、前叙の夫々の業界においてのみならず、国民大衆と最も密接に結びつき、その影響力も大である朝日新聞初め日刊新聞においても、或は一般大衆雑誌においても、古くよりこの種の商品のことを「セロテープ」と称呼して紹介し、又、使用例の記述をしていることは、数多くの事例に徴し明らかであり、したがつて、商品の取引市場である業界のみに止らず、一般需要者である国民大衆の間においても、この種の商品が「セロテープ」を称呼されて取り扱われていたことは顕著な事実なのである。

(ニ)  これを要するに、セロフアン製粘着テープを単に「セロテープ」と称呼したのみでは、債権者の製造、販売する商品を指示するのか、債務者の製造、販売する商品を指示するのか、更には亦、それ以外の志州化学等の製造、販売する商品を指示するのであるか、その判別は全くつかない状態であつて、過去より現在に至るまで引き続き「セキスイセロテープ」又は「ニチバンセロテープ」というように「何処、何処のセロテープ」として識別してきていたのであり、とりわけ、債務者の製造、販売する商品について云えば、昭和三十三年以前には「セキスイテープ」という商標を付して販売していたにも拘らず、取引業者及び一般需要者は、実際には「セロテープ」と記載などして取り扱つていた事実は、この種の商品につき「何処、何処のセロテープ」として取り引きが行われていたことを確証ずけるものである。しかして、セロフアン製粘着テープに関する取引業界における実態が、先に述べたごとくである以上、本件商標と「セキスイセロテープ」は誤認、混同を生ずるものではないし、かつ亦、過去十数年の間、現実に誤認、混同を生じたという事例は一件もないのであるからして、債務者が「セキスイセロテープ」をセロフアン製粘着テープに使用する行為は、取り引きの実態に照して本件商標と類似する商標を使用することにはならないもの、換言すると、本件商標の侵害行為を構成するものではないのであり、なお、凡そ権利侵害を主張するものは、その侵害の事実を主張し、かつ亦、立証すべきであるのが、挙証責任分配の法理上当然であるのに、債権者はこの点についてもなんらの立証をしないものである。

(ほ)  本件商標と「セキスイセロテープ」という商標が互いに類似しているものとしても、現在既に「セロテープ」は国民生活の現実において、セロフアン製粘着テープの普通名称となつているのであるから、商標法第二十六条第一項第二号により本件商標の効力は「セロテープ」に対しては及ばないものであつて、これを詳説すれば次のとおりである。すなわち、

(イ)  商品の普通名称というのは、その商品の普通の名称として使用されているものを云うのであつて、たとえ、元来は商品につけられた造語であつても、それがその儘取引業界においてその商品の名称として使用されていれば普通名称と云うべきものなのである。詳言すると、かかる造語について商標の登録が得られ、最初は登録商標として使用されはじめても、それが普通の状態になつて了えば、該商標はその商品の普通名称となるに至つたものであると解すべきであり、しかして、このことは商品の需要者がこれを商標として認識しているか、或は商品の名称として認識しているかによつて、このような現象があるか否を判断すべきものではなく、その商品の生産、販売等につき競業関係にある企業の分野において商品の普通名称として使用されている事実によつて決定せらるべきものであり、なお、かかる事実が形成されて了つた以上、その使用の当初が商標権の侵害であつたとか、或は悪意の使用開始であつたとかの主観的事実をもつて、その後に形成された普通名称化の事実を否定することはでき得ないものである。

(ロ)  ところで、本件の場合「セロテープ」については、取引業界において、債務者を包含する多数の競争業者が、「セキスイセロテープ」(積水化学)、「シシユーセロテープ」(志州化学)、「ミリオンセロテープ」(日星製作所)、「S、Sセロテープ」(S、S製薬)、「プリトンセロテープ」(宝興業)等のごとく、「セロテープ」という文字の上に特別の識別語を付して宣伝、広告したり、或は「破れないセロテープ、シシユー化学のシープ」「セロテープの中で一番使い道の広いのはシープです……」「セロテープ専問、宝興業」などと云うように使用したり、又業界の新聞、雑誌等においても「セロテープにはニチバン、セキスイ……がある」と分類し、或は「〇〇〇セロテープを呉れと云つて買いに来る」と記載するなど、取引上「セロテープ」が普通名称として使用されるに至つている数多くの事実が存在しているのであるし、しかも、これらの事実は競争業者間において本件商標が債権者の登録商標であることが周知されている状態のもとに存在しているものであり、しかも、現在においては、前叙したように、単に競業関係にある企業の分野において業者間の取引上普通名称として使用されているに止らず、日刊新聞、一般大衆雑誌その他の刊行物にも日々掲載され、我国国民生活の現実においても亦、「セロテープ」はセロフアン製粘着テープの普通名称として通用するに至つているのである。

(ハ)  かくのごとく、「セロテープ」が普通名称になるに至つた根本の原因は、それがセロフアン製のテープなる商品の略称であることに存在しているものであつて、一例を挙示すれば「テレビ」が「テレビジヨン」の略称名称になるに至つたのと同様なのである。もつとも、債権者の行つてきた、本件商標の宣伝、広告の周知が、セロフアン製粘着テープに対する名称の一般化を早めることはもとよりあり得るけれども、しかし、ニチバンセロテープなる商品の販売のための本件商標の宣伝、広告と、セロフアン製粘着テープなる商品の略称名称の一般化とは自ら別異の問題なのである。

(ニ)  これを要するに、「セロテープ」が商品の普通名称であるか否は、商標登録の有無によつて左右されるものではなく、我国国民の現実生活上「セロテープ」という称呼が、セロフアン製粘着テープなる商品の普通名称として意識され、かつ亦、使用されているか否の事実問題なのであつて、既に商標登録が得られている場合には、これを普通名称化したものとして、商標権の及ばないものとすることはでき得ないと云うがごときは、明らかに商標法第二十六条第一項第二号の法意に牴触する見解である。

(三)  以上いずれの理由によるにもせよ、既に発令されている本件仮処分の決定は取り消さるべきものであり、債権者の本件仮処分の申請は却下せらるべきものである。

債権者代理人は、債務者の主張するところに対し、大要、次のように述べた。

(い)(イ)  債務者は、商標権に基ずく差止請求訴訟には、民事訴訟法第十五条の適用はないものであると主張しているけれども、元来、かかる請求訴訟は侵害されつつある権利の原状回復を求める趣旨のものであるから、不法行為に関する訴訟の性質を有しているものと認むべきものであり、しかして、同法条の法意は広く不法行為に関する訴訟の管轄を定めたものであると解せられるので、かかる請求訴訟についてその適用がないということはあたらないものである。

(ロ)  又、債務者の尼崎工場は化成品事業本部の所在地であつて、製造工場であると同時に、原料倉庫及び商品倉庫も設置せられており、しかして、同工場においては、本件商標と類似する「セキスイセロテープ」という標章を製品に貼布したり、或はその包装に使用する行為をし、しかもこのようにして完成した商品が同工場から直接得意先に発送、販売されて流通行程におかれているのであるから、尼崎市が不法行為地に該当することは疑問の余地がないものである。

(ハ)  更に、債権者が本件仮処分の申請をし、決定を得たのは債務者の云うとおり昭和三十四年四月十七日であつて、その後、同三十四年四月二十日にいわゆる被保全権利についての本案訴訟を提起しているわけであるが、このような場合、仮に尼崎支部において本案訴訟の管轄権を有していないものとしても、既に本案訴訟が提起され、係属して了つたからには、同支部が本件仮処分の異議事件についても、管轄権を有するに至つたものであると解すべきものであり、なお、その後本案訴訟が管轄違背の故をもつて、他の裁判所に移送される運びになつたとしても、管轄裁判籍の問題には影響がないものである。

(ろ)(イ)  債務者は債権者の本件商標の指定商品は、債務者において製造、販売しているセロフアン製粘着テープとは本質的に相違した種類の商品であつて、本件商標の効力は、債務者の取り扱いにかかる商品には及ばないものであるとして、商標法第二十五条、第三十七条、第二十七条第二項及び旧商標法施行規則第十五条その他を引用してその主張を構成しているわけである。

(ロ)  しかしながら、債権者が登録を得た本件商標の指定商品は、セロフアン製のテープであり、セロフアン製粘着テープをも包含しているものなのである。詳言すると、債権者は本件商標の出願当時、特許庁の指示するところにしたがい、類別を商品類別中第五十類とし、セロフアンを用いたもので、粘着剤を塗布したものと塗布しないものがあるので、両者を包含する意味合いにより、セロフアン製のテープを指定商品として出願したものであつて、更に実際においても、本件商標をセロフアン製粘着テープに使用して現在に至つているものであり、しかして、債務者の製造、販売する商品が同様セロフアン製のテープ状のものに粘着性を保有せしめたものであつて、同一の性質を有しているものであることは、債務者も自ら認めているところであるからして、債権者としては、本件商標につき指定商品の内容を変更したり、効力の及ぶ範囲を拡大などしていないことは明白である。

(ハ)  又、商品類別中第五十類には、セロフアン製のテープ状のものに粘着性を保有せしめたものを包含していないと債務者の云うように断ずる根拠はないし、更に、接着性を保有するものであつて、商品類別中第七十類以外に属するものについても、数多くの事例があるのであり、なお、特許庁においては、昭和二十七年頃までは、セロフアン製テープのうちに、セロフアン製粘着テープが包含されていることを認め、これを商品類別中第五十類に属するものとして取り扱い、その後同二十八年頃よりセロフアン製粘着テープは商品類別中第七十類に属するものとして取り扱りようになつていた模様であるが、現在においてはセロフアン製のテープ状のものに粘着性を保有せしめたものを、セロフアン製のテープと単に称呼していることは顕著なる事実であるという見解を明らかにしているものである。

(ニ)  最後に、これらの事柄にセロフアン製のテープと、セロフアン製粘着テープとは、少くとも類似商品であることについては疑問の余地がないこと及び商品類別は元来、行政上の区分の問題にすぎないものであり、商品がいかなる類別に属するかによつては、商標権の消長に影響はないと一般に認められているところであつて、この点については、商標法第六条第二項が参照せらるべきであらうことなどを勘案するときは、債務者の商品類別の相違に関する主張が、いずれにもせよ、理由のないことは明白である。

(は)(イ)  本件商標と「セキスイセロテープ」という商標については「ニチバン」「セキスイ」は、いずれも債権者、債務者の商号の一部であるから「セロテープ」の部分とは分離して観察するのが、取引業者間の実情にそうものであり、しかして、本件商標にあつては、「ニチバン」という文字は「セロテープ」と云う文字に比較し細字型となつているのであるが、一方「セキスイセロテープ」にあつても「セキスイ」という文字は「セロテープ」という文字に比較して頗る細字型となつていて、彼此対比、観察すると、その文字の大小、配置等が極めて類似し、かつ亦、その外観、称呼及び観念共に類似しているものである。

(ロ)(1)  本件商標については「ニチバン」は債権者の商号の一部であつて、これを要部とする必要はないところから、特に付記的文字として細字型としたものであるからして、大字型にあらわした「セロテープ」が要部であることは社会通念上当然である。

(2) 債権者が、本件商標の出願にあたり、他の四件の商標と類似しているものとして連合商標の出願をし、夫々の連合商標として登録を得たものであることは債務者の云うとおりであるが、かかる事実が存在したとしても、本件商標が「ニチバン」ではなく「セロテープ」を要部としていることには変りはないのであるし、殊に、連合商標の登録出願については、通常二の商標が互いに類似している場合に連合商標として出願するわけであるが、時には、二つのうちの一の商標が更に第三の商標と類似するものとして、連合商標の登録出願の行われる場合もあり、しかして、このような場合、第三の商標と第一の商標とが全然類似しないことも生じ得るわけであつて、なお、それでもこれらのものは、取扱上は連合商標となるものであるからして、したがつて債務者が連合商標を論じて要部であるか否を解決しようとするのは適当ではないものである。

(3) 又、債務者は、連合商標の関係にある「ニチバン粘着テープ」という商標との対比、観察からして、本件商標は「セロテープ」を要部としているものではないと云つているわけであるが、「ニチバン粘着テープ」が「粘着テープ」を要部としているものであることはその出願当時、疑問の余地がなかつたものであり、しかのみならず、元来、本件商標と該商標とは全然別個の商標なのであるからして、両商標の対比、観察を基礎として、本件の場合について論ずるのは適当でないものである。

(4) 更に、本件商標の出願登録の当時「セロテープ」が、既にセロフアン製のテープの慣用標章又は物品の略称名称として広く使用されていたものでないことは、もとよりのことである。

(5) 最後に、責務者の本件商標が生産者の製品に共通して使用する社標と、製品別に使用する製品種類標章とが結合した二重結合商標であることを前提とする主張について云えば、債務者が挙示するような登録商標は未だ存在していないのであつて、登録商標に非ざるものを列挙して有名社標の部分に商標の要部があると論ずるがごときは、事実を虚構するも甚しいものである。

(に)  債務者は、本件商標を付した商品と「セキスイセロテープ」という商標を付した商品とは、取引業界及び一般需要者との関係においてなんら誤認、混同を生じないと主張しているのであるが、取引業界の実情からすれば、古くより、「セロテープ」と称呼する場合は、債権者の製造、販売するセロフアン製粘着テープを指称するものとなつていたのであるところ、最近、債務者において「セキスイセロテープ」という商標を使用するようになり、両商標が要部において類似する結果、商品について誤認、混同を生ずるに至つたものであり、なお、債務者の挙示する「ライカのセロテープ」「三共セロテープ」「赤線セロテープ」等の商標は、セロフアン製粘着テープに使用された事実はないのであるし、又、仮にあつたとして、三共は債権者の特約店、赤線、ライカは債務者の特約店であるからして、かかる特約店がこのような商標を使用したとしても、「セロテープ」を普通名称として使用しているものであるとは云い得ないものとみるべきで、債務者の主張は実情にそわないものであり、現在、本件商標を付した商品と、取引市場において著しく誤認、混同を生ずるものは、債務者が製造し、「セキスイセロテープ」という商標を付して販売している商品だけなのである。しかして、債権者の製造、販売する商品と債務者の製造、販売する商品とが同一の性質を有し、かつ亦、本件商標が「セロテープ」を要部としている以上は、債務者がその要部において類似する「セキスイセロテープ」を使用することが誤認、混同を生ずる虞のある場合に該当することは明らかであり、殊に、債務者はプラスチックの成型、加工の分野においては、我国第一の規模を有しているかもしれないけれども、これと分野を異にするセロフアン製粘着テープの取引業界では少しも有名ではなく、債権者の優越的地位には及ぶべくもないのであつて、かかる状況のもとに、債権者の本件商標が有名になつたところから、「セキスイセロテープ」という商標を使用しはじめたことは、極めて悪質なる不正競争と云わなければならないものである。

(ほ)(イ)  商標法第二十六条第一項第二号に、商標権の効力が及ばないとあるのは、普通に用いられる方法で商品の普通名称を表示する場合だけを云つているのであつて、商標として使用する場合のごときは同法条の適用を受けないものであり、又、商品の普通名称と云うのは、取引業界において、その商品の名称として使用せられていること、換言すると、競業関係にある企業の分野において、その商品の普通名称として使用されるに至ることを云うのであつて、商品を離れて新聞、雑誌等の記事を挙示してみても、普通名称化の問題は生じ得ないものである。

(ロ)  ところで、本件の場合にあつては、債務者において、数多くの競争業者が「セロテープ」を普通名称として使用しているものとして挙示している事例のうちには、誤用にかかるもの、債権者、債務者の特約店であるがための使用にかかるもの或は債務者のした故意の広告にかかるものなどがあつて、これらの事柄から、「セロテープ」が普通名称であるとか、普通名称化しているとか論ずることはもとより根拠のないことなのである。しかして、更に、債権者が本件商標の登録を得た昭和二十七年九月六日当時においては、「セロテープ」は債権者の専用にかかるものであつて、他にはこれを使用していたものは全く無かつたものであり、その後、債権者が大いに宣伝した結果として、取引業界及び一般需要者に周知されるに至つたので、往々にして誤用するものが生じてきたのは事実であるが、そのためをもつて、既に登録を得ている本件商標の商標権の効力が誤用或は侵害しているものに及ばなくなる筈はないし、若し仮に、債務者の云うがごとき事実があつたとしても、本件の場合のごとく、本件商標が登録商標として現存している場合にあつては、これを普通名称化したものとして、商標権の及ばないものとすることはでき得ないものであると一般に認められているところである。

(ハ)  なお、附言すると、債権者は昭和二十七年八月七日特許庁に対し、本件商標の連合商標として「セロテープ」という商標の登録出願をし、同二十八年四月十日、一旦拒絶の査定を受けたのであつたが、抗告審判の請求をした結果、同三十一年八月三十日出願公告の運びに至つたところ、これに対し債務者の使用人酒井正美から異議の申し立てがあり、その異議は同三十四年一月三十日理由がないものとして却下され、しかして、更に前同日特許庁から原査定を破毀し、本願の商標は本件商標と連合するものとして登録すべきものとするとの審決もあり、その審決書中において同庁が、本件商標の「セロテープ」という部分は、セロフアン製粘着テープの普通名称ではないと云う見解を示している事実もあるのである。

債務者代理人は、債権者の主張するところに対し、更に、大要、次のように述べた。

本件商標の連合商標としての「セロテープ」といか商標の登録出願から、昭和三十四年一月三十日附審決があるまでの諸経緯は、債権者の云うとおりであるが、その審決に対応して、債権者から同三十五年一月二十五日特許庁に対し、該商標登録無効審判の申し立てをし、既に受理せられているものである。

疎明関係。

債権者代理人は、甲第一号証の一ないし四、同第二号証の一ないし五、同第三号証の一ないし十、同第四号証の一、二、同第五号証の一の(イ)、(ロ)、同第五号証の二、三、同第六、七号証、同第八ないし第十号証の各一、二、同第十一、十二号証、同第十三号証の一、二、同第十四ないし第二十七号証、同第二十八号証の一、二、同第二十九ないし第二百七号証、同第二百八号証の一、二、同第二百九号証、同第二百十号証の一、二、同第二百十一ないし同第二百二十三号証、同第二百二十四号証の一ないし十一、同第二百二十五号証の一、二、同第二百二十六ないし第二百三十四号証を提出し、証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男の各証言を援用し、

債務者代理人は、乙第一ないし第十八号証、同第十九号証の一、二、同第二十号証の一ないし十二、同第二十一号証の一ないし四、同第二十二号証の一ないし五、同第二十三、二十四号証、同第二十五号証の一、二、同第二十六号証の一ないし二十、同第二十七号証の一、二、同第二十八号証の一ないし四、同第二十九号証の一ないし三、同第三十ないし第三十三号証、同第三十四号証の一、二、同第三十五ないし第四十号証、同第四十一号証の一ないし三、同第四十二、四十三号証の各一、二、同第四十四ないし第四十七号証、同第四十八号証の一、二、同第四十九ないし第五十一号証、同第五十二号証の一、二、同第五十三号証の一ないし九、同第五十四ないし第五十七号証、同第五十八、五十九号証の各一、二、同第六十ないし第六十七号証、同第六十八号証の一、二、同第六十九ないし第八十三号証、同第八十四号証の一ないし三、同第八十四号証の一ないし三、同第八十五号証、同第八十六号証の一、二、同第八十七ないし第百四十八号証、同第百四十九号証の一、二、同第百五十ないし第百九十八号証、同第二百号ないし第二百十号証、同第二百十一号証の一、二、同第二百十二号証、同第二百十三、二百十四号証の各一、二、同第二百十五号証、同第二百十六、二百十七号証の各一、二、同第二百十八号証、同第二百十九ないし二百三十一号証の各一、二を提出し、証人酒井正美(第一、二回)、同近藤正男、同津田毅一、同北村太三郎の各証言を援用し、

なお、債務者代理人は、甲第一号証の一ないし四、同第三号証の七ないし十、同第四号証の一、二、同第五号証の一の(イ)、(ロ)、同第五号証の二、三、同第八、九号証の各一、二、同第十一、十二号証、同第十三号証の一、二、同第十八ないし第二十号証、同第二十二、二十三号証、同第二十五ないし第二十七号証、同第二十八号証の一、二、同第二十九号証、同第二百九号証、同第二百十号証の一、二、同第二百十五号証、同第二百二十号証、同第二百二十三号証、同第二百二十四号証の一ないし十一、同第二百二十五号証の一、二の成立はいずれも認める、同第三十ないし第三十二号証は原本の存在並びに成立を認める、同第三号証の一ないし六、同第十四ないし第十七号証はいずれも対象物を撮影した写真であることは認めるが、撮影年月日及び撮影者は不知、同第二十一号証は官署作成部分の成立は認めるが、その余は不知、同第二十四号証は「分類の索引」中の登録商標についてと題する部分を除き、その余は認める、同第二百十七号証、同第二百二十九号証はいずれも官署作成部分の成立は認めるが、その余は不知、なお、その余の甲号各証の成立はいずれも不知と述べ、

債権者代理人は、乙第二号証、同第四ないし第十三号証、同第十五ないし第十八号証、同第三十二号証、同第三十五ないし第四十号証、同第四十一号証の一ないし三、同第四十六号証、同第四十八号証の一、二、同第四十九ないし第五十一号証、同第五十二号証の一、二、同第五十三号証の一ないし九、同第五十四ないし第五十六号証、同第六十ないし第六十七号証、同第六十八号証の一、二、同第六十九号証、同第七十一号証、同第七十六号証、同第七十九ないし第八十二号証、同第八十六号証の一、二、同第八十八、八十九号証、同第九十一号証、同第九十四ないし第百三十七号証、同第百三十九ないし第百四十六号証、同第百五十一ないし第百六十三号証、同第百六十六号証、同第百六十八ないし第百七十八号証、同第百八十ないし第百九十二号証、同第百九十八号証、同第二百ないし第二百十号証、同第二百十一号証の一、二、同第二百十二号証、同第二百十三、二百十四号証の各一、二、同第二百十五号証、同第二百十六号証の一、二、同第二百十七号証の二、同第二百十九ないし第二百二十五号証の各一、二、同第二百二十六ないし第二百三十一号証の各二の成立はいずれも認める、同第一号証、同第三号証、同第十四号証はいずれも原本の存在並びに成立を認める、なお、その余の乙号各証の成立はいずれも不知と述べた。

理由

(一) 債権者が昭和二十五年六月十三日特許庁に対し、「ニチバンセロテープ」と横書きし、その「ニチバン」の文字は「セロテープ」の文字に比較し細字型であり、かつ亦「セロテープ」の文字は大字体(変形文字)で、その内容は別紙(一)に示すとおり構成された商標を、セロフアン製のテープを指定商品として登録出願し、同庁において審査の結果、同二十七年九月六日第四一五三六〇号をもつて商標登録となつて成立したものであることは当事者間に争がなく、しかして、官署作成部分については成立を推定すべく、その余の部分は証人小原孝雄の証言により成立を推認し得る甲第二号証の一、三、右証人小原の証言により成立を推認し得る甲第二号証の二、四、五、対象物を撮影した写真であることについては当事者間に争がなく、その余の部分は右証人小原の証言により成立を推認し得る甲第三号証の一ないし六、成立に争ない甲第三号証の七ないし十、同第四号証の一、二、同第八、九号証の各一、二、同第十一、十二号証、同第十三号証の一、二、対象物を撮影した写真であることについては当事者間に争がなく、その余の部分は証人佐藤満男の証言により成立を推認し得る甲第十四ないし第十七号証、成立に争ない甲第二十八号証の一、二に、証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男、同酒井正美(第一回)の各証言を総合すると、債権者において製造し、本件商標を使用して販売している商品は、セロフアン製のテープ状のものに粘着性を保有せしめたものであり、債権者は昭和二十三年六月頃にこれを取引市場に送り出して以来、現在に至るまでその宣伝、販売に努力してきているものであること及び一方、債務者においても、債権者の製造、販売にかかる商品と同一の性質を有する商品を製造し、これに従来は「セキスイテープ」という商標を付して販売していたのであつたところ、同三十三年八月頃よりその商品に「セキスイセロテープ」というその内容は別紙(二)の(1) ないし(4) に夫々示すとおり構成された商標を使用して販売するようになり、又、時には「セキスイテープ」という容器の中に「セキスイセロテープ」という商標を付した商品をいれて販売していたこともあること(債権者の製造、販売する商品と債務者の製造、販売する商品とがセロフアン製のテープ状のものに粘着性を保有せしめた同一の性質を有するものであること及び債務者がこれに従来は「セキスイテープ」という商標を付して販売していたものであつたことは当事者間に争がない)を一応推認することができ、更に亦、債務者が尼崎市汐江に所在する工場において専らその商品の製造、包装並びに出荷をしているものであること及び債権者の本件仮処分の申請、これに伴う決定の発令に関する事実は当事者間に争がないところである。

(二)  そこで、進んで、前叙のような基礎的事実関係のもとにおいて、債権者の本件仮処分の申請が許容されるべきものであるか否につき、以下債権者、債務者の相互に主張、反駁するところにしたがい順次判断する。

(い)  (管轄の問題)

(イ)  民事訴訟法第七百五十七条には、仮処分の命令は本案の管轄裁判所が管轄するものであることが明記されており、しかして、通常の場合にあつては、仮処分の命令によつて保全せらるべき権利又は法律関係を訴訟物とする本案訴訟につき違背を生ずること少いが故に、これに伴う仮処分の命令の管轄についても亦紛争を生ずることなくして終ることが多いわけであるが、時には本案訴訟の管轄につき紛争を生じ、ひいては、仮処分の命令にも管轄違背があるものとして異議或は取消の方法をもつて争われる場合が生じてくるわけである。

(ロ)  そこで、この点について検討してみると、元来、民事訴訟法第七百五十七条において、仮処分の命令を本案の管轄に属せしめている法意は、仮処分の命令の手続は、本案訴訟の手続に対し従属性を有しているものであるからして、仮処分の申請に関する裁判は、本案訴訟の現実に係属した裁判所に取り扱わせしめるのが最も適当であるとしたところに存していると解せられるところであり、更にこのことに、同法第二十九条に管轄の標準時期として起訴の時が規定されている法意をも斟酌して考察すると、前法条にいう本案の裁判所とは、必ずしも正当なる管轄を有する裁判所と厳格に解する必要はなく、たとうれば、まず、本案訴訟の提起があり、次いで仮処分の発令があつて、その後に至り、本案訴訟につき管轄違背の故をもつて却下或は移送の裁判があつたとしても、既に発令されている仮処分の決定を管轄違のものとして違法視すべきものではなく、又、まず仮処分の申請があり、裁判所においてこれに対応する本案訴訟について正当なる管轄を有していないにも拘らず、決定を発令して了つたとしても、その後本案訴訟が一旦該裁判所に提起され、係属するに至つた時はその瑕疵は治癒せられ、もはや既に発令されている仮処分の決定を管轄違のものとして違法視することも前同様でき得ないものであると思料されるところである。

(ハ)  しかるところ、本件の場合、債権者はまず尻崎支部に対し仮処分の申請をし、昭和三十四年四月十七日決定の発令を得、その後直ちに同三十四年四月二十日本案訴訟を提起し、同支部にこれが係属するに至つているのであるから(この点は当事者間に争がない)、前叙した理論にしたがつて推論していくときは、本件仮処分の命令についての管轄の問題は訴訟法上の見地よりすれば、既に解決をみているものであるという結論に到達する筋合である。

(ニ)  果してしかりとすれば、債務者のこの点の主張は、その説くところ詳細であり、殊に本案訴訟のうち、商標権に基ずく差止請求の本案訴訟が民事訴訟法第十五条にいう不法行為に関する訴訟に該当するか否についてはその云うとおり大いに議論の存するところであり、又、損害賠償請求の本案訴訟の管轄についても検討すべき余地が多々あるにしても、これらの点の判断をまつまでもなく採用し得ないものであることに帰着するものと考えられる。

(ろ)  (商品類別の問題)

(イ)  成立に争ない甲第一号証の一ないし四に証人佐藤満男の証言を総合すると、債権者においては、本件商標の登録出願をするにあたり、特許庁の当時の取り扱いにしたがい、類別を商品類別中第五十類とし、セロフアンを用いたもので、粘着剤を塗布したものと塗布しないものとがあるところから、両者を包含する意味合いをもつてセロフアン製のテープを指定商品として商標登録を得たものであり、更には実際においても、本件商標をセロフアン製粘着テープに使用して現在に至つているものであることが一応推認され、しかして、なお、官署作成部分については成立に争なく、その余の部分は右証人佐藤の証言により成立を推認し得る甲第十号証の一、真正に成立したものと推認し得る甲第十号証の二、官署作成部分については成立に争なく、その余の部分は真正に成立したものと推認し得る甲第二百二十九号証に、前記証人佐藤の証言を総合して一応推認し得る、米国のミネソタ、マイニング、アンド、マニユフアクチユアリング、カンパニーが昭和二十四年三月二十六日特許庁に対し、「SCOTCH」という商標を、粘着テープ、粘着繊維性テープ、粘着布片及び粘着布を指定商品として登録出願するにあたり、類別を商品類別中第七十類として願書を提出したのであつたが、その後、同庁の指示するところにしたがい、指定商品を商品類別中第五十類セロフアンの各面又は両面に合成樹脂糸膠着剤を膠着してなる粘着用テープと訂正し、同二十六年四月二十一日出願公告決定、同二十六年九月二十九日商標登録を得ている事実及び成立に争ない甲第二百九号証(昭和二七年商標「セロテープ」登録願第二〇二七〇号拒絶査定不服抗告審判事件についての昭和三十四年十一月十三日附審決書)と同第二百二十八号証(右商標についての昭和三十一年八月三十日の出願公告に対する異議申し立てに関する昭和三十四年十一月十三日附決定書)を総合して一応推認し得る、特許庁においてもセロフアン製のテープと云えば、社会通念上セロフアンを材料として、これをテープ状に形成し、粘着性を保有せしめたものであることが認識されているものであるという見解及び商品類別中第七十類の粘着性テープ又は粘着テープは、第七十類以外の類別に属しない粘着性テープ又は粘着テープを表示したものであるという見解を明らかにしている事実なども、特許庁の当時における先に述べたような取り扱いを裏付けるものであると思料されるところである。

(ロ)  もつとも、成立に争ない乙第九号証によれば、特許庁編纂にかかる「発明及び実用新案の分類表」には、商品類別について債務者の云うような記載のあることが一応推認され、更に成立に争ない乙第十ないし第十八号証、真正に成立したものと推認し得る乙第八十五号証、同第九十一号証に証人佐藤満男の証言を総合すると、特許庁においては、昭和二十八年五月頃以降、セロフアン製の粘着テープ、接着用テープ、粘着テープ等を主として、商品類別中第七十類に属するものとして取り扱うようになつていたことが一応推認されるのであるが、かかる事実が認め得られるとしても、前叙のような諸経緯のもとに、セロフアン製のテープを指定商品とし、類別を商品類別中第五十類として、本件商標の登録を得た債権者が、セロフアン製のテープに粘着性を保有せしめた商品に、本件商標を付して販売しているとしても、これを違法視することはもとよりでき得ないものであると解するのが相当であり、乙第六十六号証その他のすべての資料によつても、かかる判断を覆えすには足りないとみられるところである。

(ハ)  果してしかりとすれば、債務者のこの点の主張も、商標法第二十五条、第三十七条、第二十七条第二項及びその他に基礎をおき、その説くところ詳細なものがあるけれども、右に説明したところに更に加えて、債務者の製造、販売にかかる商品と、債権者の製造、販売にかかる商品とが同一の性質を有しているものである事実及び商標法第六条第二項の法意等を斟酌するときは、その他の仔細の点について検討するまでもなく採用することができ得ないことに帰着するものと考えられる。

(は)  (商標類似の問題)

(イ)(1)  本件商標の内容を、別紙(一)に示すところによつて観察すると、「ニチバンセロテープ」と横書きし、その「ニチバン」の文字は「セロテープ」の文字に比較し細字型であり、かつ亦、「セロテープ」の文字は大字体(変形文字)で断然前者を圧倒し、特別に顕著であることが認められ、更に本件商標のこのような構成に、前叙のような債権者においては、本件商標をその製造、販売にかかるセロフアン製粘着テープに使用しているものであるという事実及び債権者が昭和二十七年八月七日特許庁に対し、本件商標と連合するものとしてて、「セロテープ」という商標の登録出願をし、同二十八年四月十日、一旦拒絶の査定を受けたが、更に抗告審判の請求をした結果、同三十四年十一月十三日連合商標として登録すべき旨の審判を受けている当事者間に争ない事実などをも斟酌して考察すると、本件商標は「セロテープ」を主体的部分としているものであるとみるのが相当である。

(2) 一方、債務者の使用する「セキスイセロテープ」という商標、別紙(二)に示すところによつて観察すると、(1) 及び(4) は前者は横書き、後者は縦書きの相違はあるけれども、いずれも一連に記載されており、更に、(2) は、「セキスイ」の文字を小さく左上辺に書して「セロテープ」の文字を大書し、(3) は円輪内に「セロ」と「テープ」の文字を上下二段にあらわしているものであるが、このような構成に、更に、債務者が自ら認めている、債務者においてはこれらの商標を、その製造、販売にかかるセロフアン製粘着テープに使用して事実などをも斟酌して考察すると、「セキスイセロテープ」も亦、「セロテープ」を主体的部分としているものであるとみるのが相当である。

(3) しかして、右に述べたように、本件商標も「セキスイセロテープ」も、いずれも「セロテープ」を主体的部分としているもの、換言すると、取引上特別に親近感がおかれる部分としているものであると認められることを前提として、セロフアン製粘着テープを対象物として使用されている両商標を対比、観察してみるとと、本件商標と該商標とは外観、称呼及び観念のいずれにおいても相紛れを生ずる虞があつて、互いに類似しているものであると解させざるを得ないところである。

(ロ)  もつとも、本件商標と債務者の使用している商標とを全体として対比、観察するときは、前者は「ニチバンセロテープ」、後者は「セキスイセロテープ」であるからして、「ニチバン」「セキスイ」なる部分が相違していることが明らかなわけであるが、これらは畢竟するに附随的部分であると認められ、両商標を直接に対比、観察する場合は兎も角として、時及び所を異にするいわゆる離隔的観察によるときは、類似性を免れないものであると思料されるところである。

(ハ)  以上のしだいで、当裁判所としては、本件商標と「ニチバンセロテープ」とは互いに類以しているものであると判定するわけであるが、債務者は本件商標は債権者の云うようには「セロテープ」を要部とはしていないものであるとして種々の主張をもしているので、以下これらについて判断する。

(1)  本件商標と「セキスイセロテープ」とを対比、観察するにあたつて、必ずしも文字の大、小のみによつたものでないことは、先に述べたところからして既に明らかなところである。

(2)  債権者が本件商標の登録出願をするにあたり、商標登録願昭和二五年第一三四五九号「NICHIBAN Cello-Tape」同第一三四六〇号「NICHIBAN ニチバン」、同第一三七六九号「ニチバン粘着テープ」及び同第一三七七〇号「Nichiban Tape」の四件の商標と類似するものとして連合商標の出願をし、同二十七年中夫々の連合商標として登録を得たものであることは当事者間に争がなく、しかして、本件商標を包含した五件の商標には、なるほど、「ニチバン」という称呼は全部に包含されてはいるが、「セロテープ」という称呼の包含されていないものがあることは明らかであるけれども、前叙のような経緯をもつて、他の四件の商標との間に夫々連合商標の登録が得られた場合、関係商標の一群のうちにあつて、直接的には必ずしも類似しないものも生じ得るであらうことは、連合商標に更に連合商標を認めることも禁せられるものではないと解せられること一般であることなどを勘案するときは明白であると思料されるので、債務者のこの点の主張は、その前提とするところにおいて既に賛同し得ないところである。

(3)  又、連合商標の登録があつた場合においても、その商標は従前の商標に対し附従的関係に立つものではなく、商標としては全く別個の内容を有するものであると解せられるところであるからして、したがつて、本件商標が「ニチバン粘着テープ」の連合商標として登録を受けたものではあるにしても、本件の場合につき判断をするにあたり、これが重要なるべき資料の一になるにはしても、必ずしもその商標の構成に拘束されるものではないと思料されるところであるし、なお、「セロテープ」が本件商標の登録当時、未だもつて、普通名称となつていたものと推認され得ないことについては後叙するとおりである。

(4)  前顕甲第二百九号証、成立に争ない乙第五十三号証の一ないし九に弁論の全趣旨を総合すると、「セロ」という語が取引業界において、セロフアンという物品の略称名詞である意味合いを有する場合のあることが一応推認され、又、「テープ」という語が社会通念上テープ(紐)状をした商品の形状を示すものであることは格別異論のないところではあるが、これを一連、不可分のものとした「セロテープ」が、本件商標の登録当時、セロフアン製のテープなる物品の略称名称として広く一般に使用せられていたという事実については、原本の存在並びに成立に争ない乙第三号証も、右甲第二百九号証と対照するときは、これを一応推認するに足るだけの資料とはしがたいところであるし、乙第五十二号証の一、二、同第六十号証その他のすべての資料によつてもかかる事実を推認するには充分ではなく、却つて、前顕甲第二百九号証に証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男の各証言を総合すると、「セロテープ」は少くとも、本件商標の登録当時においては、これを邦訳しても、或は英訳しても適当なる用語がみあたらないものであつて、債権者において本件商標の登録出願をするにあたり、新らたに商品につき造語したものであると一応推認されるところであるし、なお、「セロテープ」が本件商標の登録当時、未だもつて、慣用標章となつていたものとは推認され得ないことについては亦後叙するとおりである。

(5)  最後に、本件商標のうち「ニチバン」が債権者の社名の略称であり、又、「セキスイセロテープ」のうち「セキスイ」が債務者の社名の略称であることは容易に推察することができるところであるし、更に、成立に争ない乙第二百十六、二百十七号証の各一、二、同第二百十八号証、同第二百十九ないし第二百三十一号証の各一、二を総合すると、有名会社の社標と製品別に使用する製品種類標章とが結合したものと推察される商標であつて既に登録を得たもの、例えば、債務者の挙示する「東芝モートル」「松下モートル」「ヒタチランプ」「テイジンアセテート」その他の商標の存在していることが一応推認されるのではあるが、商品の類似性の問題を判定するにあたつては、矢張り夫々の商標の具体性が尊重せらるべきであらうからして、この種の登録商標或は未登録商標の存在することよりして、一般的、抽象的原則を引き出すことは適当ではないと思料されるところである。

(ニ)  果してしかりとすれば、債務者のこの点の主張も、その説くところは詳細なものがあるけれども、結局において採用し得ないことに帰着するものと考えられる。

(に)  (誤認、混同の問題)

(イ) 前顕甲第十号証の一、二、対象物を真正に撮影したものと推認し得る乙第三十、三十一号証、同第三十四号証の一、二、成立に争ない乙第三十九、四十号証、真正に成立したものと推認し得る乙第四十四、四十五号証、対象物を真正に撮影したものと推認し得る乙第五十八、五十九号証の各一、二、真正に成立したものと推認し得る乙第七十三ないし第七十五号証、対象物を真正に撮影したものと推認し得る乙第八十三号証、真正に成立したものと推認し得る乙第八十四号証の一ないし三に証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男、同酒井正美(第一回)の各証言を総合すると、セロフアン製粘着テープなる商品は、戦後、米国のミネソタ、マイニング、アンド、マニフアクチユアリング、カンパニーの製品によつて我国に紹介され、その後、債権者が昭和二十三年六月頃より国産品として初めてセロフアン製粘着テープを取引市場に送り出し、以来、現在に至るまで、その製造、販売を継続してきており、一方、債務者も同二十九年末頃よりこの種の商品を取引市場に送り出し、以来、現在に至るまで、その製造、販売を継続しているものであること、その間に、債権者以外の業者によるものとして、セロフアン製粘着テープが、「シシユーセロテープ」として志州化学工業株式会社から、「ライカのセロテープ」として株式会社曙文房を通じて取引市場に送り出されたり、又、英国のアドヘツシブテープ会社(Adhesive Tape Ltd.)の製品が宝興業株式会社を代理店として「プリントセロテープ」の商標のもとに市販されたり、その他、「S、Sセロテープ」「コケシセロテープ」「平和セロテープ」「ミリオン印刷セロテープ」等が業界雑誌の記事その他によつて宣伝、広告され、或は取引市場に送り出されたこともあり、なお、「トウバンセロテープ」という商標が、三村一雄の出願により昭和三十二年一月二十五日公告されていることなどが一応推認されるところである。

(ロ)  しかるところ、証人小原孝雄の証言により成立を推認し得る甲第六号証、成立に争ない甲第二十号証、官署作成部分については成立に争なく、その余の部分は証人佐藤満男の証言により成立を推認し得る甲第二十一号証、証人大久保常信の証言により成立を推認し得る甲第三十三号証、成立を推定すべき甲第三十四号証、真正に成立したものと推認し得る甲第三十八ないし第二百七号証、前顕甲第二百九号証、真正に成立したものと推認し得る甲第二百三十、二百三十一号証に証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男の各証言を総合すると、債権者はセロフアン製粘着テープの製造を開始して以来、その商品に、本件商標又は「セロテープ」という商標を使用して宣伝、販売に努力してき、その結果として、その企業の分野においては、現在我国第一の規模と実績を有するに至つているものであり、一方、債務者はこの種の商品の製造を開始して以来、主として、関西地方、中部地方を中心に宣伝、販売してきているものであるが、その規模と実績は、債権者に比較するときは、その企業の分野に関する限り、約十分の一或は二程度にすぎないものであること及びその後、志州化学工業株式会社の「シシユーセロテープ」については、同会社において本件商標の存在を考慮して「シープ」という商標を使用することに改めており、又、その他の「ライカのセロテープ」「プリントセロテープ」「S、Sセロテープ」「コケシセロテープ」「平和セロテープ」「ミリオン印刷セロテープ」等も漸次姿を消し、その出願公告に対して直ちに債権者から異議の申し立てをしたものである「トウバンセロテープ」をも包含して、既に取引市場にはみられなくなつているものであり、しかして、本件仮処分の決定の発令された当時においては、その製造にかかるセロフアン製粘着テープに「セロテープ」を構成の内容とする商標を付して販売している著名な業者は、債権者、債務者のほかは存在していなかつたものであることが一応推認されるところである。

(ハ)  セロフアン製粘着テープについての取引市場における状況は、概略、右に述べたところのように認められるのであり、しかして、証人近藤正男、同津田毅一、同北村太三郎は、夫々、本件商標と「セキスイセロテープ」は一般取引上において誤認、混同を生ずることはないものであるという趣旨の供述をしているのであるけれども、右各証言は、証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男の各証言及び債務者が「セキスイセロテープ」という商標を使用していた期間、債権者、債務者のセロフアン製粘着テープに関する限りの規模、実績、その他の弁論の全趣旨と対照するときは、たやすくこれを信用できないところであると思料され、なお、乙第七十号証その他本件にあらわれたすべての資料によつても、専門的知識、経験を有するものは格別として、世上一般的には、互いに類似しているものと判定される本件商標と「セキスイセロテープ」という商標とが誤認、混同を生ずる慮がないという認定に到達することは未だもつて困難なところである。

(ニ)  果してしかりとすれば、債務者のこの点の主張も、その説くところ詳細なものがあるけれども、結局において採用することができ得ないことに帰着するものと考えられる。

(ほ)  (普通名称化の問題)

(イ)  前顕甲第六号証、成立に争ない甲第二十五号証、前顕甲第三十三、三十四号証、前顕甲第三十八ないし第二百七号証に証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男の各証言を総合すると、債権者は昭和二十三年六月頃その製造にかかるセロフアン製粘着テープを取引市場に送り出して以来、その商品に「ニチバンセロテープ」という商標に併せて、「セロテープ」という商標を使用して宣伝、販売に努力してきたものであつて、これが宣伝方法としては、マネキン、日刊新聞、週刊誌等への広告記事の掲載、ラジオ放送、テレビジヨン放送の利用等、あらゆる機関、方法を動員し、投入した宣伝費も、当初は年間約金二百万円であつたが、漸次増額して、最近に至つては、年間約金一億円程度にも及んでいるものであり、かつ亦、その商品の売上げも、昭和三十一年度は約八十万個、金額二千四百万円以上、同三十二年度は約九十万個、金額二千七百万円以上、同三十三年度は約百万個、金額三千万円以上、その後は更に年間億円台の巨額にも達しているものであるし、又、これが販路も、東京、大阪、名古屋、九州等全国にわたり、本件商標はもとよりであるが、「セロテープ」をその商品に付した場合においても、債権者の製造、販売するセロフアン製粘着テープを指標するものとして、取引業界において極めて顕著であつたことを一応推認することができるのである。

(ロ)(1)  ところで、商標の普通名称化ということについては、種々の見解が存し得るところではあらうが、当裁判所としては、この事柄は、矢張り取引市場、詳言すると、その企業の分野における業者間において、その商標が普通名称として使用されるに至り、そのような状態が一般化して、商標が商標権所持者の製造、販売にかかる商品としての出所を指標する機能を喪失するに至つた時において、初めて、かかる現象を生じたものであると解すべきものであつて、一般需要者の認識は必ずしもこれを左右するものではないという考え方が妥当であり、このことは商標法の改正の前後を通じて変りはないと思料するものである。

(2) しかして、かかる見地のもとに、本件の場合についてみてみると、成立に争ない乙第三十五ないし第三十八号証、同第五十、五十一号証、同第百四十二ないし第百四十六号証は、「分類の索引」中の登録商標についてという部分については真正に成立したものと推認することができ、その余の部分は成立に争ない甲第二十四号証、真正に成立したものと推認し得る甲第二百十八号証、成立に争ない甲第二百二十五号証の一、二と成立に争ない乙第四十六号証、同第四十八号証の一、二、同第四十九号証は証人佐藤満男の証言と、成立に争ない乙第六十九号証は官署作成部分については成立を推定すべく、その余の部分は真正に成立したものと推認し得る甲第二百十六号証、官署作成部分については成立に争なく、その余の部分は真正に成立したものと推認し得る甲第二百十七号証と夫々対照するときは、未だもつて、「セロテープ」という商標が、債務者の云うように普通名称化しているという現象を適確に肯認するに足るだけの資料とはしがたいところであり、なお、真正に成立したものと推認し得る乙第八十七号証、同第九十三号証についても、その記載された内容の洵に傾聴に値することはもとよりであるけれども、本件の場合、その侭これがあてはまるか否に関しては多少の疑問の存するところであるし、しかして、前顕乙各号証に乙第十九号証の一、二、同第二十号証の一ないし十二、同第二十一号証の一ないし四、同第二十二号証の一ないし五、同第二十四号証、同第二十五号証の一、二、同第二十六号証の一ないし二十、同第二十七号証の一、二、同第二十八号証の一ないし四、同第二十九号証の一ないし三、同第三十四号証の二、同第四十号証、同第四十一号証の一ないし三、同第四十二号証の一、二、同第四十四、四十五号証、同第四十七号証、同第五十二号証の一、二、同第五十六、五十七号証、同第六十六号証、同第七十号証、同第七十三号証、同第八十四号証の一ないし三、同第八十八号証、同第九十二号証、同第百三十七号証、同第百三十九ないし第百四十一号証、同第百四十七号証、同第百八十八ないし第百九十一号証、同第二百ないし第二百十号証、同第二百十一号証の一、二、同第二百十二号証、同第二百十三、二百十四号証の各一、二、同第二百十五号証のほか、証人酒井正美(第一、二回)、同近藤正男、同津田毅一、同北村太三郎の各証言を加え総合しても、これに対照して、前顕甲号各証に成立に争ない甲第二十二、二十三号証、真正に成立したものと推認し得る甲第二百八号証の一、二、成立に争ない甲第二百二十号証、同第二百二十三号証、真正に成立したものと推認し得る甲第二百二十六、二百二十七号証、同第二百三十三号証、右証人佐藤、証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄の各証言を総合するほか、先に認定した、志州化学工業株式会社以下の債権者、債務者以外の業者の製造、販売にかかる商品の取引市場における実態などをも斟酌して検討するときは、これ亦同様であり、最後に、その他のすべての資料によつても、「セロテープ」という商標が、債権者において本件商標の登録を得た昭和二十七年九月六日当時、取引市場、詳言すると、その企業の分野における業者間において、従来、顕著であつた、債権者の製造、阪売にかかる商品であることを指標する機能を全く喪失するに至つて普通名称となつていたこと或は慣用標章となつていたこと(これらの事柄は、前叙(は)の(3) 並びに(4) の点についての判断にも関聯するところである。)はもとより、更には、成立に争ない甲第二百十号証の一、二により一応推認し得る債権者が「セロテープ」について抗告審判の結果、商標登録を得た昭和三十四年十二月一日当時においても、その後においても、既に普通名称化していたことを認定するには未だもつて困難なところである。

(ハ)  もつとも、真正に成立したものと推認し得る乙第四十三号証の一、二、成立に争ない乙第七十一号証、同第七十六号証、同第八十一、八十二号証、同第八十九号証、同第九十四ないし第百三十六号証、真正に成立したものと推認し得る乙第百三十八号証、成立に争ない乙第百五十一ないし第百八十七号証、同第百九十一ないし第百九十八号証を総合すると、大体、昭和二十九年頃以降ではあるが、辞書、英和事典、中央或は地方における各種の日刊新聞の掲載記事、週刊誌の掲載記事、一般大衆雑誌並びにその他各種雑誌の掲載記事或は掲載小説、映画脚本等の中に、セロフアン製粘着テープを意味する言葉として、「セロテープ」という語の使用されている数多くの事例が一応推認されるのであるけれども、弁論の全趣旨に徴するときは、かかる現象は、主として、債権者が昭和二十三年六月頃以降、鋭意行つてきた宣伝、販売の効果が、一般需要者に浸透したことに基因し、その認識が反映したあらわれであると推察するのが妥当であらうと解せられるところであるからして、したがつて、前叙した理論にしたがつて推論していくときは、かかる事実をもつてしても、先にした認定を覆えすには至らないと思料されるところである。

(ニ)  果してしかりとすれば、債務者のこの点の主張もその説くところ詳細なものがあるけれども、前提とするところにおいて、俄かに同調し得ないものがあり、結局において採用することができ得ないことに帰着するものと考えられる。

(三)  以上順次説明してきたところを彼此併せて考察すると、本件商標の商標権所持者である債権者が、本件仮処分の申請のいわゆる被保全権利について理由を有しているものであることが一応推認されるところであり、しかして、更に、前顕甲第二号証の一ないし五、同第三号証の六、同第十一、十二号証、同第十三号証の一、二、同第十四ないし第十七号証、真正に成立したものと推認し得る甲第二百十一号証に証人大久保常信、同小原孝雄、同高橋襄、同佐藤満男の各証言を総合すると、債務者においては、その製造にかかるセロフアン製粘着テープに従来付していた「セキスイテープ」という商標にかえて「セキスイセロテープ」という商標を使用して販売するようになつた昭和三十三年八月頃以隆、電柱広告、電車内広告、汽車、電車沿線の野立広告、週刊誌、業界新聞等への広告記事の掲載、ラジオ放送、テレビジヨン放送の利用等、各種の機関、方法を動員し、その商品の宣伝、販売に鋭意努力しており、これに伴つて、債権者が本件商標を使用してセロフアン製粘着テープを販売するにあたつて、販路の減少その他について著しい損害を蒙つており、更には、今後とも損害を蒙るであらうことが一応推認し得るところであるので、本件仮処分についての必要性も亦存しているものと認められるところである。

(四)  よつて、当裁判所が債権者の本件仮処分の申請につき、先になしたる仮処分決定は相当としてこれを認可することにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島誠二)

別紙(一)、別紙(二)<省略>

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